この事例の依頼主
30代 男性
食品小売業、衣料品雑貨小売業などのサービス産業に従事している労働者は、労働基準法で定める労働時間の制限が守られず、時間外労働を強いられる状況が多く、しかも、時間外労働について時間外手当が正当に支払われないサービス残業を慢性的にさせられるケースが少なからず存在している。ある中堅食品スーパーにおいて、退職時に副店長として働いていた男性のケースで、勤務先にはきちんとタイムカードがあるが、「副店長手当」を勤務先から支給されていることから、出勤日に時間外勤務をしても正当な時間外手当が支払われなかった。更に週休2日制の勤務システムが取られていても、人で不足等のときに2日の休日も出勤せざるを得ないサービス休日出勤を強いられていた。副店長は、大学卒業後の4月、中堅食品スーパーに雇用され、一定の研修を受けた後、青果部門に配属された。その後2年して青果部門主任を命ぜられ、以後、営業現場の第一線で活躍して来た。それから数年して、ある店舗の副店長に任命されて、赴任した。そのスーパーでは、営業時間の拡大(1日15時間営業)や人員を適正に増やさないことによる人手不足などの為に、正社員の勤務日における時間外労働のしわ寄せの他、休日出勤もしばしばさせられる労働環境になっていた。そのスーパーでは、毎月11日を始期、翌月10日を終期とする1ケ月単位の変形労働時間制を採用し、業務の繁閑に応ずる勤務体制を採っていたが、そのような勤務体制の改善だけでは解決され得ず、根本的に人手不足が深刻となり、慢性的な長時間労働かつ時間外等勤務手当不払いの勤務が続いていた。相談者が副店長として赴任後、従前どおり誠実に働いてきていたが、本来休日であるのに出勤するときには、勤務先からタイムカードの打刻をしないように指示されていたので、休日出勤の事実をタイムカードで打刻したいけれども打刻せずに黙々と働いてきた。一生懸命働いているのにサービス残業をさせられるだけで、正当な時間外手当を支払ってくれないことに副店長の妻から夫への不満も出て、相談者として勤務先に不満を言いたかったが、不満を表明すると不利益扱い、最悪退職させられる不安から我慢を続けてきた。勤務先経営者は、建前としてコンプライアンス(法令遵守)している企業であると表明しているけれども、従業員に対する関係でコンプライアンス違反をし、従業員を酷使する姿勢を全然改めることは無かった。そこで、相談者は、労働者を酷使しながら、その時間外手当を支払わない勤務先に嫌気を指し、別の仕事に進むことを夫婦で決め、当該スーパーを退職することを決意した。ただ、このまま退職し、通常の退職金を貰うだけ済ませるのは理不尽と考え、相談に訪れた。相談のポイントは、正当な時間外手当を,遡及して取得したいということであった。
時間外手当の請求は、時間外労働をした事実の証拠が出せないと認められないところ、副店長の勤務先の場合、タイムカードの記録の残らない早出出勤、退職予定時間後の居残り残業、休日出勤の証拠を如何に揃えるかがポイントであった。相談者の場合、幸いその奥さんが賢く几帳面な女性で、朝、夫が勤務先に出かける時間をカレンダーにメモし、夜、勤務先を出る時間を夫に「今から帰る。」という帰るコールをさせて、カレンダーにメモしていた。休日出勤についても、夫が休日出勤した日の自宅を出た時間、勤務先を夫が出て帰るコールを呉れた時間をカレンダーにメモしていた。相談者の時間外勤務手当(割増賃金)の支払請求権消滅時効は2年であることから、即刻、2年前に遡及した時間外手当請求の内容証明を発送するのが、これから退職するまでの期間におけるサービス残業分も加算して請求できることから、その策が一番良い方法であった。しかし、相談者は、時間外手当請求を即刻行なうと、夏季賞与の支給時期まで勤務先において働き続けるのが精神的に辛いようであったことから、時間外勤務手当(割増賃金)請求の内容証明を出す時期を、相談者が「自己都合による退職願」を出したあとにしたいという意向ゆえに、退職届を出したその日に、時間外手当2年分を請求をする内容証明を相談者の勤務先に送った。1ケ月単位に就労状況を見ると、勤務先の定めた所定労働時間をいずれも100時間超える状況となっており、2年間の時間外勤務時間は、休日出勤を含めてどの位になるか計算したところ、時間外勤務時間は1,820時間36分、深夜勤務時間は34時間19分であった。その時間を計算すると合計約450万円になった。それに対し勤務先から過去に支払われた時間外手当は約70万円に過ぎなかった。そこで、その差額である、約380万円の請求の内容証明を勤務先に送った。しかし、勤務先スーパーは、「こちらの主張するような時間外勤務を相談者にさせていない。」と強弁し、時間外賃金の支払を渋ったので、時間外手当請求の裁判を提起した。当初、労働審判を考えたが、時間外勤務の証拠として妻のカレンダーメモと、妻の証人尋問が必要になることを考えて、訴えの提起を最初から選んだ。訴えの提起として請求したのは、1、時間外手当未払い分、約380万円2、過去の時間外等勤務手当不払いに基づく本来支払すべき日から、今後現実に支払われる日まで年14.6%の割合による遅延損害金3、附加金 約380万円であった。裁判手続きの中で、スーパー側は、相談者の妻による「夫の出勤時間、退社時間記載」について最終的に認めるに至り、相談者夫婦の意向に従い、満額380万円の和解金を支払いうけることで矛を収め、解決した。
時間外勤務の強要、しかもサービス残業を求める企業が多いのが現実である。その場合、時間外勤務の事実を使用者側は残さないように誤魔化す事案が少なからずある。そうなると、裁判の中で、タイムカードを使用者側に出させても、タイムカードは真実を記載していないので、労働者側で「実際に時間外勤務した労働時間」を証明できないことになる。雇い主によっては、「タイムカード」を「捨ててしまった」「紛失した」と厚かましく述べて出さないケースもあった。そこで、労働者側の時間外勤務を証明する対抗策としては、どのような方法でも良いから、実際に時間外勤務をした時間を裏付ける資料をきちんと残しておくことである。相談者のケースは、奥さんが残していた過去のカレンダーメモが決定的な証拠として使えた。